エッセイ
大きい呉服店はデパートになり、そのうち駐車場が不可欠のものとなった。都電のチンチン電車が姿を消し、歩行者天国が案出され、日本橋界隈はますます美々しい商店街となった。 安野光雅『黄金街道』。巻頭、古今亭志ん生の「黄金餅」が収められ、安野光雅の…
私の住む町で耳にできる楽器と言えば、三味線、琴、尺八程度だが、山の手の住宅街を歩いていて初めてピアノの音をきいた時には、思わず立ちつくした。 吉村昭のエッセイ『東京の下町』(絵・永田力)。幼年期の不安と感激がやわらかなままのこっている。その…
〈霊魂について語るといっても、もちろん宗教にかかわるわけではなく、また、哲学的な問題に立入るわけでもない。ここで話題となるのは魂そのものではなく、魂の形である〉 多田智満子『魂の形について』。〈ニーチェが告げたように神が死んだのであるなら、…
イラストレーターとしてお仕事する前、私は銀行員だったの。周りの人はみんなすごく優しくて、でもイラストを仕事にしたいと思ったから、自分の希望で退職したの。 家族には、「愚痴は言いません。後悔しません。経済的負担はかけません」と誓って辞めたから…
松本英子のエッセイ漫画『49歳、秘湯ひとり旅』を堪能。どんなフィクションにも書き手の実体験を伴ったリアリティは入りこんでいるだろうけど、そのうえで作家が透明になろうとするエンタメ指向もあり、エッセイでそれをやれば「ただのレポ」になってしまう…
李恢成『可能性としての「在日」』。エッセイと講演録。1970年から2001年まで。ながい時間が1冊にまとまっている。ここで何度も言及される北朝鮮と韓国の平和的統一は、まだ実現していない。 初出もあるけれど、底本に『沈黙と海』『円の中の子供』『時代と…
『旅が好きだ! 21人が見つけた新たな世界への扉』――「14歳の世渡り術シリーズ」の1冊。 14歳への短文ということで、舐めた仕事するひともいれば、真摯なひと、深くえぐってくる、ふんわりと仕上げる、講義調などさまざま。その読み味が大人としてはおもしろ…
〈大学で民俗学を専攻した理由は、旅を続けたいからだった。放浪癖があった私は、小学校高学年の頃にはひとりで時刻表を片手に週末ごとに関東地方の史蹟や伝統的な町並みを訪ね、あるいは山歩きを楽しんだりして至福の時を見出していた。中学生時代には山梨…
白露に薄薔薇色(うすばらいろ)の土龍(もぐら)の掌(て) 川端茅舎 蟻と蟻うなづきあひて何か事ありげに奔(はし)る西へ東へ 橘曙覧 〈『うたの動物記』は二〇〇八年十月から、二〇一〇年十月まで、日本経済新聞の毎日曜の文化欄に連載されたエッセイで…
戸棚の隅のちいさな蜘蛛の巣と、縁日の露店の店番をした話をむすびつけたりする。 「ちょっと、みててもらえますか」と店のおばさんに言われてからの数分間。露店のなかに蜘蛛の巣をみつけたとは書いていない。連想は、〈こんなところに巣を張っていて、なに…
私は十五歳、中学を卒業するとたった一人で上京した。昭和三十四年三月三十日、と日付を覚えているのは、翌日が私の誕生日だったからである。従って厳密には十四歳最後の日に上京したことになる。 出久根達郎『逢わばや見ばや』。エッセイふうに短く区切られ…
わたしにわかっていることは、人はだれでも決して自分には賭けない、ということである。骨牌はいつも比喩を超えて実在し、偶然の至福を受けるのはカルタであって、ジョーカーやクイーンはますます美しく、そしてそれをめくる手の方はテーブルの片隅で少しず…
トークライブ「芸術ロック公演」(ワタリウム美術館、オン・サンデーズ)行く。『芸術ロック宣言』の現代芸術家・さいあくななちゃんと、装丁を手掛けた川名潤によるイベント。あまりに率直で、何度も胸を衝かれた。 さいあくななちゃんはこの本に命を懸けて…
〈Part1では、私が実際に訪れたお気に入りのホットケーキの名店を紹介しました。気が向いたら、ぜひお近くのお店を訪ねてみてください。 たんなるガイドブックであれば、それでおしまいなのですが、そこで終わらないのがこの本の変なところです〉 遠藤功『「…
Amazonプライム・ビデオ『MAGI 天正遣欧少年使節』の大作志向は、かつての日本映画に似ていた。それでずっと「海が、凍る……」と呟いて暮らす。これは『おろしや国酔夢譚』の台詞。 米原万里『マイナス50℃の世界』は、テレビ番組の企画で大黒屋光太夫の足跡を…
検索上位にでてこないマイナーな旅を思い立つ。観光地の、先の先。ローカル線の行き着くところ。路線図調べて、それから『旅の手帖』をチェックして、手ごろな宿があるのかどうか。 『旅の手帖』は電子書籍で買えて良い。行きたいところを扱っている号をすぐ…
嵐山光三郎『奥の細道温泉紀行』。テレビ番組で「奥の細道」自転車走破を企んだり、月刊『太陽』で「温泉・奥の細道」を取材したり。それらを再構成したかたちで、この本がある。 〈芭蕉は旅の魔術師である。(……)これは、旅をドラマに化けさせるマジシャン…
橋本治が亡くなった。2019年1月29日。 「橋本治」という一人の書き手としてはまだまだ進んでいけたとおもうし残念だけれど、どれだけ長生きをしても接ぎ木する若手は現れなかったことだろう。エピゴーネンばかりだ。 橋本治の本を読んでいくしかない。その断…
写真・操上和美、文・新井敏記。八代目 市川染五郎『儚』。 舞台に立つと、自分の声がよくわかります。 声変わりは辛かった。 父からは、「自分も他の役者さんも 通ってきた道、病気ではないので 安心して演(や)りなさい」と言われました。 ものごころつい…
あくまでも出張中の横道道中である。しかも、はじめての作文。当たりはずれも大いにあろうが、福袋をあけるような気持ちでお読みいただければ、とても幸せである。 片桐はいりの本を初めて手にする。吃驚した。絶品。映画『かもめ食堂』の余録のようなかたち…