大漁、異漁。耀

タイトルは タトゥーのようなもの

小説

〈どんなに努力しても、差別化されていないものは、お客さまから支持されず、競争に勝つことはできません〉

〈Part1では、私が実際に訪れたお気に入りのホットケーキの名店を紹介しました。気が向いたら、ぜひお近くのお店を訪ねてみてください。 たんなるガイドブックであれば、それでおしまいなのですが、そこで終わらないのがこの本の変なところです〉 遠藤功『「…

〈激しい愛は、理性のカケラも残さずに疾走する〉  『マクベス』

「はじめに」と「おわりに」が率直だと嬉しい。まちがいなく心にのこる読書となる。 小川絵梨子『シェイクスピア 愛の言葉』。対訳の、引用集だから「はじめに」「おわりに」を紹介すると魅力のすべてをならべてしまうようなものだけれども、それくらいで褪…

ミ・エスタス・インファーノ……(私は子どもである……)

舞台のチケットと縁なく、ときに主演の松田龍平を想いながら読む。松田龍平が宮沢賢治というのは大胆なイケメン化のようにもおもうけど、茫洋としたかなしみはあんがいぴたりと合ったのかもしれない。 井上ひさし『イーハトーボの劇列車』。前口上に、こうあ…

松尾芭蕉と温泉

嵐山光三郎『奥の細道温泉紀行』。テレビ番組で「奥の細道」自転車走破を企んだり、月刊『太陽』で「温泉・奥の細道」を取材したり。それらを再構成したかたちで、この本がある。 〈芭蕉は旅の魔術師である。(……)これは、旅をドラマに化けさせるマジシャン…

「芭蕉翁は生涯を通じて、『一人になりたい、一人になろう』とつとめた人物でありました」

井上ひさし『化粧』。収められているのは表題作と、「芭蕉通夜舟」。どちらも一人芝居のための戯曲。 井上ひさしの戯曲はハッキリしている。観客という「受け手」にとっても、俳優なる「受け手」に対しても。 「化粧」は、はじめのト書のなかに〈彼女自身が…

〈RPGゲームの『竜に誘拐されたお姫さまを助けたい』ってのは、大きな目的だ。でも、こいつ(中ボス)を倒したいとか謎を解きたいとか、具体的な目的は、そのたびに変わるんだ〉

鴻上尚史『鴻上尚史の俳優入門 (講談社文庫)』。2006年にでた『俳優になりたいあなたへ』に「おまけ 台本の創り方」、高橋一生との対談「原点は『お芝居したい』という衝動」を加えた文庫版。本編は「僕」が、新幹線のなかで高校生のユキちゃん、マサシ君と…

〈泥だらけの野菜の目で今の自分を見てみたい〉  「不機嫌な妻」

谷川俊太郎の詩集『夜のミッキー・マウス (新潮文庫)』。2003年の詩。そこから4年前、8年前の詩。谷川俊太郎は1931年生まれ。 それにしては攻撃的だとおもう。詩人というのはそういうものなのかもしれない。 そのなかで、どちらかといえば穏便な箇所が沁みた…

「姥捨山(おばすてやま)で狸の餌食になりそうな見かけだが、口は新品の剃刀みてえなばあさんだな」

井上ひさし『黙阿弥オペラ (新潮文庫)』。 こまつ座の舞台は一度も観たことないが、戯曲には触れる。ゆるみがなく、みごとというほかない。 ト書が物語を俯瞰している。これは演者や読者にとって親切。さいしょに示されるのはつぎのとおり。 とき 嘉永六年(…

〈地球にうまれた生き物は、いつか絶滅する運命。むしろ、生き残ることのほうが、例外なのです〉

タイトルが良い。雑学系の、なんとなくヒキをツクる見世物小屋的胡散臭さではなく、着地しているタイトル。『わけあって絶滅しました。 世界一おもしろい絶滅したいきもの図鑑』。 章立てで、さまざまな絶滅がならんだあとに「絶滅しそうで、してない」。ウ…

刑事(成田浬)のばめん、演出がシュールで良かった。

B機関『大山デブコの犯罪』観る。ザムザ阿佐ヶ谷。 B機関を主宰するのは舞踏家・点滅。ゆえに舞踏パートは滅法良い。 点滅の腕や背なか、ほかの俳優の何名かもボディメイクを施されていて、これが現代的な意匠というか、ポップで繊細で、画家(吉澤舞子)に…

〈丹下左膳とターザンは、洋の東西で期せずして現れた似たような存在であった〉

色川武大『なつかしい芸人たち(新潮文庫)』。タイトルがすでに懐古的だから、この書影の素ッ気なさが佳い。旧い単行本のように俳優の写真が使ってあると近づきにくくなる。 だれかを貶めるというわけじゃないけれど、批評には比べ、並べるところがある。た…

〈ニシン漁の最盛期を懐かしむ老人のように遠い目をするおにぎり。彼もまた北海道出身である〉

芸人のツッコミよろしく比喩が多く、有り物でキメてくるところは、水道橋博士に近いかもしれない。若き日の古舘伊知郎のような造語の掛け算はすくない。 山田ルイ53世(髭男爵)『一発屋芸人列伝』。挙げられるのはレイザーラモンHG、コウメ太夫、テツandト…

〈かつての絶対王者が自ら破滅していく姿をみんなが見て見ぬふりをした〉

加藤シゲアキ『チュベローズで待ってる』。2巻本。上巻は主人公22歳、雑誌に連載。下巻は10年の月日が経過、書き下ろし。上巻と下巻で毛色がちがうので、映画ならば2本つくるというような。 つぎからつぎへと事件が起こる。つながりはあまりない。この雑駁さ…

〈男は何故こんなに女を苦しめるのか〉

田中澄江『愛に生きる―旧約聖書の女たち (光文社文庫)』、「あとがき」に。 子供の頃から、私は、親戚や知り合いのおじさん、おばさんから、昔の話を聞くのが好きであった。 今はこんな風に生きているけれど、昔のひとはどんな生き方をしていたのかしらとよ…

〈三十年も前に読んだときに、ははァ、西欧の作家たちは、この書物とキャッチボールをしていたんだな、という印象が今も頭に残っているのです〉

1984年から1986年にかけて連載された「はずれ者の旧約聖書」が文庫となって『私の旧約聖書 (中公文庫)』。 色川武大の、丸腰で挑むような文章がスリリングなときと、もの足りないときと。 この書きかたには真剣勝負の怖さがあると用心しつつ。 どんな戦争で…

〈都市の隙間に生息する雑目ショーバイである。通りすがりの人が、冗談やオフザケで賽銭を投じ、ほんの少しの真面目や本気で、一縷の望みを託す。イワシとは、保証書なしの、シアワセのバラ売り、チープな幸せ屋なのである〉

事物を描写するのでなく、自身の文を装飾する昭和軽薄体の流れを汲む饒舌、戯作の語り口ゆえ読み通すのが大変だが、初回と後半はまじめでおもしろい。杉浦日向子『新装版 東京イワシ頭 (講談社文庫)』。 イワシの頭も信心から。東京に跋扈するいかがわしい流…

〈「怨霊」を現実に見せていた組織があったと仮定すれば〉

高橋克彦と杉浦日向子『その日ぐらし』でおもしろかった話の一つに、「怨霊信仰」。 高橋 祟りをなすものということで「怨霊」を出現させていて、その祟りを藤原氏が御霊会などで鎮める。(……)時々は天皇の夜具の中に誰かを潜り込ませてみたり、真夜中に紫…

オカルトが大渋滞

オカルトについては、一人一派という気がする。世のなかを怖がって生きているひとに対しては「おばけなんていないよ」「にんげんをさらう宇宙人なんていないよ」と潰しておくけど、脳や色覚によって視ているものそれぞれはちがう。 この言いかたではまだ遠慮…

〈(屋上の)(鍵)(ください)の手話は(鍵)のとき一瞬怖い顔になる〉  伊舎堂仁

どこの海にもつながっていない海にもつながっている海がある 「気絶したことある?」ないよ「するべきよ」「キスが全然」「変わってくるわよ」 伊舎堂仁『トントングラム 新鋭短歌シリーズ』。胸とか脳にとどく短歌に出遇うとどこでいつ生まれたのかとすこし…

〈ま、たぶん、生きてることなんてフリースローみたいなもんだ。バスケットしに高校行ってる俺にしたって、工場に勤めてるタカオにしたって。/はいるかもしれないし、はずれるかもしれない。で、これが大切なんだろうけど、はいんなくったって、いいんだ〉  「セカンド・ショット」

川島誠の短編集『セカンド・ショット (角川文庫)』。収録されているのは「サドゥン・デス」「田舎生活(カントリー・ライフ)」「電話がなっている」「今朝、ぼくは新聞を読んだ」「セカンド・ショット」「悲しみの池、歓びの波」「ぼく、歯医者になんかなら…

The Thing

『トロール・ハンター』にでてくるトロールたちの、信じがたい種の多様さとその造作から連想したのは鼻行類、ハナアルキ。 雪のなかの未知との戦いという画は『遊星からの物体X』に通じ、トロール、ハナアルキ、物体Xはいずれもただ生きてるだけで物語を必要…

「舞台上では、嘘をついてるつもりも、正直なことを話しているつもりもない。ただ、この舞台上で起こっていることだけが本当のことだと思ってる」  青柳いづみ

松本隆 みんな、かき回しちゃうんだ、自分のことを。そうすると汚れから何から全部出ちゃう。だから一回放っとくわけ。例えば恋愛してさ、ぐじゃぐじゃになって、それ書いたら面白いわけ。だけどそうじゃなくて一回放置して、半年ぐらいしてから見ると、汚い…

〈たいていのことは画面で見せてしまうアメリカのTVニュースと、アンカーが表面的にすべてを語ってしまうニュースのあいだには、当然、大きなへだたりがある。アメリカが常に前者であり日本は後者だ、と言うつもりはまるでないし、ぼくの体験などきわめてせまい範囲のことだから、体験をそのまま普遍のようなものへ引きのばすことはしないけれど、まず見せてしまう画面と、ひとりの人が語ってしまう画面とでは、それをとおして見えてくる世界の複雑さが桁ちがいに異ってくることだけは確かだ〉

冬には雪にとざされて往き来はとうてい出来ず、夏でも歩いていくとなると普通の人にとってはたいへんな遠征となりかねないような場所に、きわめて個人主義的な理由によって悠々と住んでいる人たちが、アメリカにはたくさんいる。あの広い国のなかには、その…

〈最後に自滅してしまうと、書いていく意味がないわけで、自滅ではなく、解体でしょう。自己が解体するのです。自分というものを、いったん、白紙に戻してしまうのです。これもアメリカによくあるテーマですね。現実にも、頻繁にあることです。このシステムはうまく機能しないようだ、とわかったら、すぐにそのシステムのぜんたいを白紙に戻して、別のシステムでやりなおしていくというアメリカ式のやりかたが、こんなところでもテーマになったりするのです〉

片岡義男『個人的な雑誌 1』。個人的な、というのは「片岡義男による雑誌的なもの」の意でもあるし、個人的なチョイスということでもあろう。もしかすると読者とは距離があるかもしれないもの。 話は、植草甚一の思い出から。 「はじめて接する本の品定めを…

「世界を認識することは、ものに名前をつけることではありません。世界はいろいろなものの響きでできていると考えるのが、ホモ・サピエンスの基本的な感覚と思考です」

中沢新一『虎山に入る』。書影は、チベットの絨毯の図柄。内容はあっちこっちに書かれたものや、講演、インタビュー記事。 「悪」や「ノイズ」を肯定する。それも外界のことではなくて、内側のこととして。「人間の心の中には、もともとノイズが立ち上がって…

「森から出てこなかった男」

「片岡義男 全著作電子化計画」というのがあって、一編ずつ買うことができる。おなじ価格だがながいのもみじかいのもある。紙の文庫だと『スターダスト・ハイウエイ (角川文庫 緑 371-2)』に。「森から出てこなかった男」。 SFのような短編だ。現代に生きる…

「森から出てこなかった男」のまえに

『森の聖者 自然保護の父ジョン・ミューア (ヤマケイ文庫)』のあとがきで加藤則芳はジョン・ミューアと片岡義男のことを書いている。 〈ジョン・ミューアは、ヨセミテ渓谷に五年にわたって住みつき、広大なシエラネバダの山々をくまなく放浪した男である。私…

〈約束を破ったことがわかると、父は鞭打ちの罰を加えた。しかし、生来の自然好きの少年には、どのような罰則も無駄だった。鞭打ちの影におびえながらも、いつも父の目を盗んでは出かけた〉

山と渓谷社、加藤則芳『森の聖者 自然保護の父ジョン・ミューア (ヤマケイ文庫)』。 ジョン・ミューアの伝記。日本ではなじみがうすいからどの出来事も等しくあつかっている。少年時代、青年期、壮年、といった具合にどこまでも。 神秘主義者ではなかった。…

俳句 アニミズム 芭蕉×酒堂

中沢新一と小澤實の対談集『俳句の海に潜る』、ふたりともたのしそうだ。 ふたりを結びつけたのは細見綾子の〈そら豆はまことに青き味したり〉。歳時記では解説されることのない蚕豆(そらまめ)のもつエロティックな象徴性、俳句なるもののつよさ。 中沢 俳…

名句いくつか

読者として、短歌にかたむく時期があったり、俳句にもどってきたり。 神秘とか、そとのせかいをながめているとふしぎと俳句がほしくなる。 そういうときにもとめるのは、口語や自己憐憫ではない。 外(と)にも出(で)よ触るるばかりに春の月 中村汀女 角川…