大漁、異漁。耀

タイトルは タトゥーのようなもの

〈はしゃいでもかまわないけどまたがった木馬の顔をみてはいけない〉  穂村弘

ラインマーカーズ―The Best of Homura Hiroshi
穂村弘ラインマーカーズ―The Best of Homura Hiroshi』。いくつかの歌集(『シンジケート』『ドライ ドライ アイス』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』)からと、ここまでに未収録の「蛸足配線」、書き下ろし「ラヴ・ハイウェイ」で出来ている。

体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ

子供よりシンジケートをつくろうよ「壁に向かって手をあげなさい」

抱き寄せる腕に背きて月光の中に丸まる水銀のごと

「猫投げるくらいがなによ本気だして怒りゃハミガキしぼりきるわよ」

これらが、「シンジケート」。

「とりかえしのつかないことがしたいね」と毛糸を玉に巻きつつ笑う

ワイパーをグニュグニュに折り曲げたればグニュグニュのまま動くワイパー

A・Sは誰のイニシャルAsは砒素A・Sは誰のイニシャル

ねむりながら笑うおまえの好物は天使のちんこみたいなマカロニ

かぶりを振ってただ泣くばかり船よりも海をみたがる子供のように

ちんちんをにぎっていいよはこぶねの絵本を閉じてねむる雪の夜

「男の子はまるで違うねおしっこの湯気の匂いも叫ぶ寝言も」

くわえろといえばくわえるくわえたらもう彗星のたてがみのなか


「ドライ ドライ アイス」。

あ かぶと虫まっぷたつ と思ったら飛びたっただけ 夏の真ん中

眠ってた? ゴメンネあのさ手で林檎絞るプロレスラー誰だっけ?

天使にはできないことをした後で音を重ねて引くプルリング

泣きじゃくりながらおまえが俺の金でぐるぐるまわすスロットマシン

信じないことを学んだうすのろが自転車洗う夜の噴水

海のひかりに船が溶けると喜んでよだれまみれのグレイハウンド


「蛸足配線」、のうつくしさ。

レインコートをボートに敷けば降りそそぐ星座同士の戦(いくさ)のひかり

ウエディングドレス屋のショーウインドウにヘレン・ケラーの無数の指紋

眼鏡猿栗鼠猿蜘蛛猿手長猿月の設計図を盗み出せ

きがくるうまえにからだをつかってね かよっていたよあてねふらんせ

さみしくてたまらぬ春の路上にはやきとりのたれこぼれていたり

こんなめにきみを会わせる人間は、ぼくのほかにはありはしないよ

指さしてごらん、なんでも教えるよ、それは冷ぞう庫つめたい箱

瓦斯タンクにのぼってみたい、と囁かれ、ぼくらはこんなにも、風のなか

杵のひかり臼のひかり餅のひかり湯気のひかり兎のひかり

本当にウサギがついたお餅なら毛だらけのはず、おもいませんか?

「手紙魔まみ」

金髪のおまえの辞書の「真実」と「チーズフォンデュ」のラインマーカー

「光らなくなったからもう寝るねって書こうとしたら、光ってる。ゆ」

フラミンゴを回転ドアにぎっしりと 輪廻における再会拒否ね

そう、これはまみがいないとさみしくてすぐ警察を呼んじゃう兎

似合わないところが見たい、ほんとうに似合わないねえって云いたいの

ハロー 夜。ハロー 静かな霜柱。ハロー カップヌードルの海老たち。

知んないよ昼の世界のことなんか、ウサギの寿命の話はやめて!

フランケン、おまえの頭でうつくしいとかんじるものを持ってきたのね

いますグに愛さなけルば死ギます。とバラをくわえた新巻鮭が

「凍る、燃える、凍る、燃える」と占いの花びら毟る宇宙飛行士

「美」が虫にみえるのことをユミちゃんとミナコの前でいってはだめね

他者の感覚が想定されている世界。密室感と、解放感が同時にある。

お替わりの水をグラスに注ぎつつ、あなたはほむらひろしになる、と

夢の中では、光ることと喋ることはおなじこと。お会いしましょう


「ラヴ・ハイウェイ」。読みながら、異性愛者で本読むひとらはこんな生活するのかとおもう。

冷蔵庫が息づく夜にお互いの本のページがめくられる音

恋びとの腋剃りあげて口づける夜明けのなかに夏がきている

ピアノの調律師が来たよ、と云いあってシーツのなかで息をころせり

ひとりでみてしまうひとりでみてしまうひとりでデジタル時計のぞろ目

延滞のホラービデオが散らばった部屋の扉を閉ざして海へ

高速道路のみずたまりに口づけてきみの寝顔を想う八月

きらきらと海のひかりを夢見つつ高速道路に散らばった脳