大漁、異漁。耀

タイトルは タトゥーのようなもの

笑う回数よりも泣く数のほうが多かったかな

帝一の國』観る。菅田将暉野村周平、志尊淳、間宮祥太朗竹内涼真千葉雄大──このキャスティングの凄さ。
いくつものカップリングを「発見」できておもしろい。俳優の熱演に原作が奉仕するかたちだ。キャラクターの関係性をつよくする温かな肉の匂い。
帝一(菅田将暉)と光明(志尊淳)は言うまでもない。光明の大鷹弾(竹内涼真)への評価の高さも見のがせない。弾が森園億人(千葉雄大)に肩入れするのも。
帝一が、先輩である氷室ローランド(間宮祥太朗)の「犬」になろうとする。ここで「権力」とは、「自由」とはなにかとかんがえるきっかけになるし「ゴール」や「スタート」はどこにあるのかとヒロインの白鳥美美子(永野芽郁)でなくても問いたくなる。なぜ力が欲しいのか。その理由はなかなか明らかにされず、父の代からの「戦争」、いたずらに封建的なだけなのではと帝一や東郷菊馬(野村周平)に感情移入しづらい。実際、二人は極端にコミカルだし。
登場人物全員が権力志向だと、そこにバディは生まれない。自身は権力をもたなくてもいいひとたち──これがけっこうな数いるから、この映画はあっちこっちに信頼、主従が発生する。
弾と億人はドラマティックだった。美しさに圧倒されたのは氷室とその副ルーム長の駒光彦(鈴木勝大)。竹内涼真が演じた隠しごとをしないフレンドリーなキャラクターはいちばんいちばんいちばん好きだけれど、間宮が鈴木勝大とつくったある意味古典的な、拳でむすばれた太陽と月、光と影の関係がもうにばんめににばんめににばんめにしておけないくらい佳かった。鈴木勝大美しい。あれ、このひと鼻高いなとか裸も綺麗だなとかもうおどろいた。
ひさしぶりに語り終わることのなさそうな、汲めども尽きぬフィクションを観た。ぜったい切れない絆じゃなくて、シャッフル可能なところが人間らしく美しかった。あまりにガッチリ固定すると、記号になってしまう。風とおしの良さというか不穏というか。登場人物にジェラシーの余地があるというか。