大漁、異漁。耀

タイトルは タトゥーのようなもの

擬似親子。教育。わかり合うことのむずかしさ。(性交可能な恋人とちがって)

13日の金曜日 PART8 [DVD]
冒頭のナレーションで〈ニューヨークは一種の密室だ
鉄とコンクリートと下水道に囲まれている
逃げる道はないし逃げる気もない
我々はここで繁栄してきた

ここには恐怖という刺激剤がある
この街を愛している〉と。
都市をあつかう小説のような、街の定義。『13日の金曜日 PART8 ジェイソンN.Y.へ』(1989)。脚本、監督ロブ・ヘデン。にぎやかな舞台装置としてのニューヨークでなく、観察や批評が随所に。風俗小説的だ。展開もそれなりに凝っていて、ころされるためにしかいないはずの登場人物たちにもクセや個性があたえられている。ジェイソンの幼少期、男児の幻影が繰りかえしでてくるのも丁寧。
映像としてのスペクタクルもずいぶんある。そこは優等生というかんじで、映像の快楽に身を委ねてはいない。いろんなことを散文的に説明しようとする。ロブ・ヘデンにはそういうところがあるのだろう。