大漁、異漁。耀

タイトルは タトゥーのようなもの

〈地盤が凍ったりとけたりをくり返すうちに、建物は土台からねじれ、ひん曲がっていくのです〉

マイナス50℃の世界 (角川ソフィア文庫)

Amazonプライム・ビデオ『MAGI 天正遣欧少年使節』の大作志向は、かつての日本映画に似ていた。それでずっと「海が、凍る……」と呟いて暮らす。これは『おろしや国酔夢譚』の台詞。

米原万里『マイナス50℃の世界』は、テレビ番組の企画で大黒屋光太夫の足跡を辿った椎名誠に同行したことで生まれた。

「お元気ですか。こちらはもうすっかり暖かくなりました。外の気温はマイナス二一度。暑いほどです」

これはヤクート自治共和国(現サハ共和国)に住むテレビ局員のオフロブコフさんからわたしにとどいた一九八五年四月二日付の手紙です。

マイナス二一度が暑い、なんて日本では考えられないことですね。でも十二月の平均気温がマイナス五〇度にもなるヤクートでは、本当にそう感じられるのです。

ヤクートの東部、オイミャコン地区では、マイナス七一度を記録したことがあります。北極より寒いのです。

小学生に向けた文章で、異文化とやさしく触れ合えるのが好い。〈サハはロシアの共和国の中でも最大で、日本の面積の約八倍もあります。しかし、人口は九十五万人あまりしかありません〉

実は二百年も前に、大黒屋光太夫という商人と数人の日本人船乗りたちが、この土地をおとずれているのです。

大黒屋光太夫の生涯がさらりと挿入される。そして〈光太夫たちの漂流大冒険については、『光太夫オロシャばなし』(来栖良夫・著、新日本出版社)という、とてもおもしろい本が出ています。さらにくわしく知りたい人は『おろしや国酔夢譚』(井上靖・著、文春文庫)を読んでみることをおすすめします〉ときれいな紹介して、ヤクートの話にもどる。さりげない。けれどもこれを手がかりに、関わりのある本へと踏みこんで、その愉しさをおぼえるひともいるだろう。そういう可能性のある書きかたをする本の一つ。

 

第4章の章題「さいはてのさらにはて」という訳(やく)が白眉。

〈ビニール、プラスチック、ナイロンなどの石油製品は、マイナス四〇度以下の世界では通用しないのです。当然のことながら、現地の人々は、こういった人工繊維のものは一切着ません〉

ヤクート語が、モンゴル系の言語と親戚関係にないこと。南方起源。しかも「ヤクート語には罵りことばや悪たれがほとんど無いんです」。

おそらく、かつて楽園のような南国に住んでいたヤクート族は、周囲の攻撃的で戦闘的な民族に追われて北上し、ついにこの極寒の地にたどり着いて安住したのでしょう。隣り合わせのブリヤート族に「ヤクート」すなわち「さいはてのさらにはて」と呼ばれるこの永久凍土からは、もう誰も追いたてるものはいなかったのでしょう。