『来る』(2018)、原作は澤村伊智(『ぼぎわんが、来る』)。監督、中島哲也。脚本は共同で中島哲也と門間宣裕、そして岩井秀人。リアリティ凄く、人物がくっきりとしている。「わかんねえす」と言ってる高梨(太賀)と「あたしばかだから」と口にする比嘉真琴(小松菜奈)がきちんと別のキャラクターになっている。
オープニングの妖しさは、ヨーロッパのホラー。オープニングクレジットでは『007』シリーズや角川春樹の映画をおもわせるトンチキでじつに好い。
物語のだれが善人で悪人かなんてかんたんに裁けることではない。妻夫木聡が愛しいし、黒木華は切ない。
オカルト的ウラミに翻弄される男性登場人物というのはずいぶんと佳い味がする。皆がウラミにとりこまれていく。
子どもは災いを呼びこむから。
さまざまな「子捨て」がえがかれる。「子」とは友人や恋人のことでもあるだろう。それは僭越な感覚だ。他人を軽侮する自身の稚拙さに気づかなくては。
そこにそれはいる。「たとえ嘘でも、逃げこむには良い場所です」祓いがはじまる。