「なんだろうね……。弱虫なだけ、みんな。ちょっと成功して、忘れ去られるのが恐いの」
「いま、崖っぷちにいる。その心理を自分で取材してる。そんなことも察しないでヨタ飛ばしてっと、ロクな編集者になれねえぞ、野坂」
「……野坂じゃないし。五木だし」
阪本順治監督『一度も撃ってません』(2020)。主演は石橋蓮司。出演に大楠道代、桃井かおり、岸部一徳、佐藤浩市、寛一郎、妻夫木聡、江口洋介、豊川悦司、渋川清彦、新崎人生、柄本明、柄本佑ほか。
豪華なキャストだが、大仰にならず、しかし個性は発揮する。
脚本は丸山昇一。ユニークな人物たちの台詞は経験と取材によって練られているから、きちんと尊重されるし、少々のアドリブではビクともしない。
アドリブの甲斐がある脚本に、唸る。
冒頭は、パアパア喋る堀部圭亮と、その死。
そこから一転して石橋蓮司と大楠道代。老夫婦の朝。こまごまとした日常である。
石橋蓮司が演じるのは二重生活者だ。町内では「元・作家」と言われていて、編集部の扱いも良くないが、ハードボイルド小説を書きつづけている。そしてそれは実際の事件と酷似している。ほんとうにころして、そのことを書いているのではないか? 編集者の児玉(佐藤浩市)が御前零児(石橋蓮司)を完全に無視できないのはそのためだ。
だが児玉から担当を引き継いだ五木(寛一郎)はドライで、物事の奥行や陰影がわからない。
五木は取捨選択をスムーズに行いたい。まだ知らない。人生において選択は苦渋に満ちたもの。
原稿を読んだ五木が御前に感想を述べる。
「率直に言って、あれノベルでもなんでもないでしょ。いやあ、ハードボイルドですら時代遅れなのに。もっと陳腐です。ただコロシの現場とそこに到るまでの状況や人物像を、延々と羅列しただけじゃないですか。売りたいんでしょ? 売れたいんですよね、もう一度? だったらもっと作者の感情を込めて情感入れて、泣かすか笑かすか、共感得られるか、一からかんがえなおして。モ・ノ・ガ・タ・リをつくってくださいよ」
辛辣に斬り捨てたつもりだろうが、大人たちはそんなところを何度もくぐり抜けてここにいる。オワコンなのかもしれないけれども、悪あがき。
「悪あがきを若いとき『やる気がある』と人は呼んだ」とか「ここ学校じゃねえっつうの」と科白する俳優たちが佳い。
生きるためには「ぶる」しかない。演じはじめ、つづけていくよりほかはない。
五木と対象的な若者に、今西(妻夫木聡)。二重生活を送りつつ、世間的な暮らしにあこがれてもいる。重たい生活に裏打ちされた快活と屈託が色っぽい。
俳味のある、綺麗な映画だった。
キザなようで、成立しているたくさんのやりとり。
「夜は酒が連れてくる」
「ううん。朝は蜆」