大漁、異漁。耀

タイトルは タトゥーのようなもの

表紙はチャウヌ

ニューズウィーク日本版 5/4・11号 特集 韓国ドラマ&映画50[雑誌]

ニューズウィーク日本版』2021.5.4/11、「韓国ドラマ&映画50」。

これから公開されるホン・サンス監督『逃げた女』、イ・ジョンピル監督『サムジンカンパニー1995』が待ち遠しくなる。

「私のとっておき映画5本」。はるな愛、クォン・ヨンソク(権容奭)、カン・ハンナのおすすめもよかったが、ハリー杉山が充実していた。

『タクシー運転手 約束は海を越えて』に触れて「人種の壁を越えた友情は本当にあるのか、ということも考えさせられます。そして、『デモ』についても。多くの日本人は、デモというとちょっと『引く』かもしれません。しかし日本の外に出れば、それは自分の思いを表現するごく普通の手段です。ご飯を食べたり、人を愛したりするのと同じ生活の一部で、デモ=反政府、デモ=暴力と考えるのはナンセンスです」

私の頭の中の消しゴム』では自身の家族のことも語る。

十朱大吾 斧田駿 中村雪

め組の大吾 救国のオレンジ(1) (月刊少年マガジンコミックス)

曽田正人 冨山玖呂『め組の大吾 救国のオレンジ』第1巻。飛び抜けた主人公に、助演の生ま生ましい感情。読んで良かった。

“狭き門”をくぐるにはグレーやブラック、あるいはもっと不可解な色を経ることがあるかもしれない。そのときのヤバさというかアツさ。

「現場(げんじょう)で 救助に来た救助隊を要救助者が見る その時に

『最高の救助隊が来てくれた』と思われたいよな!?」

「ヨシッ」

「『研修のユルくなった世代だ』なんて思われたくねーよな!?」

「ヨシッ」

「じゃあ お前等『山上助教の救助研修で良かった』って思ってるよな!?」

「ヨシッ」

「本心かァ!?」

「ヨシッ」

 

追い込まれ、それに応える肉体の若さ。無謀過ぎたときには「座学からやり直せ!!」と怒鳴られもする。心身からあまりに離れたケレンばかりでは虚構にも生活にも飽いてしまうので、この行きつ戻りつする熱が嬉しい。

さいしょの現場から、恐い。

言葉遊びする生きものたちの可愛さ

不思議の国のアリス (新潮文庫)

矢川澄子訳、金子國義絵。ルイス・キャロル不思議の国のアリス』。

 

さいしょに夢中になったのは河出文庫高橋康也高橋迪訳)で。ジョン・テニエルによる挿画、人間が皆グロテスクに描かれていたのも好かった。

そこからさまざまな版や研究本へと手が伸びた。それらは二次創作といっていいのだろう。魅力の大半は人語をあやつる動物と、その内容の奇天烈さにあったとおもう。

 

アリスに際立った特徴はなくて、矢川澄子による「兎穴と少女」(あとがきのようなものだ)から引けば〈良識のかたまりみたいな少女〉である。それが異界で飲み食いすることによって〈いままで観客もしくは通行人として、受身に味わってきたにすぎないこのワンダーランドのwonder を、アリスはここではじめてわが身の内にもとりいれた〉。

いわばこの国のものとはっきり血をまじえたのであって、よそ者でなくなるための、これも通過儀礼のだいじな一場面とみてよいでしょう。

 

(……)

 

結論からいってしまいましょう。《兎穴》といい、《通過儀礼》というとき、筆者の心にあるものは終始、《少女の孤独》ということなのです。

にぎやかな世界のなかで読者や観客に愛玩されるアリスというのは、矢川澄子の感覚とちがいそうだ。

矢川澄子の訳は、おはなしを聞かせる調子。

〈ドアをあけると、あちら側はせいぜいネズミ穴ほどのせまい通路になっていてね。ひざまずいてぐっとのぞきこんでみると、そのさきは、見たこともないすてきなお庭なんだ〉

読みはじめは、語尾の「ね。」が少々気に掛かる。それが終盤、グリフォンとウミガメモドキの辺りから「〜のさ。」「〜よ。」と変化に富んでくる印象。リズムも良くなる。あるいはこちらが勢いづいてきたのだろうか。

アリスの孤独と比べると、登場人物たちはあまりにバディだ。グリフォンとウミガメモドキ。公爵夫人と料理女。ウカレウサギと帽子屋。女王さまと王さまなど。

 

アリスが孤独な夢から解放されるのは、さいご。姉さんの膝を枕にねむっていた。起きた。夢の話をした。

アリスの現実が孤独かそうでないかはわからない。姉さんの視点で物語は終わるから。姉さんは大人になったアリスを想像する。長じても優しいままのアリスをおもいえがく。このくだりが感動的でびっくりしてしまった。

幼い者の物語や未来を信じてやることが《姉》の務めなのかもしれない。

「このときを待ってたんだ。スロットじゃなにも生まれない」

オンネリとアンネリのおうち(字幕版)

オンネリとアンネリのおうち (世界傑作童話シリーズ)

マリヤッタ・クレンニエミ原作(絵・マイヤ・カルマ)の児童小説『オンネリとアンネリのおうち』(2014)。監督はサーラ・カンテル。

大家族のなかでさびしいオンネリ(アーヴァ・メリカント)と、離婚家庭にあってさびしいアンネリ(リリャ・レフト)。ふたりはベストフレンド。ある家のまえで「正直者にあげます」と書かれた封筒をひろった。警察にもっていくと、たくさんお金が入っていた。

お金なんかいらないと、来た道をもどるふたり。さっきの家が売りに出されるところだった。ふたりの少女のための家だという。そのお金で住みなさいという。マジカルな話なのだ。ひろったお金をみせることでこの家はオンネリとアンネリのものとなる。入ってみると、すべてが調えられていた。

隣家は、気むずかしい女性の一人暮らし。また近所には臆病だが好奇心いっぱいの姉妹が住む。

この姉妹は魔法を使う。庭の動植物もふしぎで、クリスマスオーナメントや花火の実る草木に、イースターエッグを産む鶏など。

絵を描くのが好きなおまわりさん。お祖母さんにスロット代をたかられつづけるアイスクリーム屋の青年。この青年はゲイかもしれない。

オンネリの弟サンテリがかわいい。佐々木大光に似た顔。

 

無垢であることが許されている。大人たちもそこに戻る。

「近ごろの犬は、じぶんの幸運がわかっていない」

ロイヤルコーギー レックスの大冒険(字幕版)

『ロイヤルコーギー レックスの大冒険』(2019。ベルギー)。

皇室で寵愛された若きレックスが、おなじコーギーであるチャーリーに嵌められ、そとのせかいの施設行き。そこでのファイトクラブなど経て帰還する物語。

レックスも、ロマンスのあいてとなるワンダも打算的なところがやや目について「人間臭い」が、「故に神話的なのだ」とかんがえてみると一寸おもしろい。皆、弱いのだ。

だから病気っぽい、痩せた何匹かの犬に魅力をかんじる映画でもある。

〈あづさゆみ春の真昼の下り電車口あけて狐型美少年眠る  酒井佑子〉

うたの動物記 (朝日文庫)

白露に薄薔薇色(うすばらいろ)の土龍(もぐら)の掌(て)

    川端茅舎

蟻と蟻うなづきあひて何か事ありげに奔(はし)る西へ東へ

    橘曙覧

 

〈『うたの動物記』は二〇〇八年十月から、二〇一〇年十月まで、日本経済新聞の毎日曜の文化欄に連載されたエッセイである〉

小池光による短歌、俳句、詩の横断。動物のでてくる詩歌の紹介で、やっぱり斎藤茂吉が凄い。

小さき鯉煮てくひしかば一時ののちには眼(まなこ)かがやくものを

    斎藤茂吉

「大口の真神」といへる率直を遠き古代の人が言ひつる

    斎藤茂吉

石亀(いしがめ)の生める卵をくちなはが待ちわびながら呑むとこそ聞け

    斎藤茂吉

生命力を謳って憚るところがない。

 

動物ごとに項を立ててあるのだけれど、緊密なところがいくつもある。

〈鷗外の無駄のないきびきびした文章はどちらかといえば俳句に通ずるかのように思え、また漱石の深遠多彩な語りの妙味からは短歌への距離が近いように思えるが、実際の趣味は全く逆になっているところが味わい深く、おもしろい〉

厠(かわや)より鹿と覚(おぼ)しや鼻の息  漱石

酔ひしれて羽織かづきて匍(は)ひよりて鹿に衝(つ)かれて果てにけるはや

    森鷗外

 

各項の薀蓄も佳い。〈ラクダなどは推古時代に来ている。きっと聖徳太子も見ただろう。

キリンは遅い。明治四十年(一九〇七)の初来日。ということは樋口一葉正岡子規はキリンを見たことがなかった〉

秋風(しゅうふう)に思ひ屈することあれど天(あめ)なるや若き麒麟の面(つら)

    塚本邦雄

群がれる人頭の彼方見やりつつキリンはしづかにやせて佇ちゐし

    河野裕子

 

山椒魚

あっけなく扶養家族をはずれゆきし昼ねむる息子(こ)の眠り山椒魚

    永田和宏

はんざきの傷くれなゐにひらく夜

    飯島晴子

 

 

凄み、膂力のある詩歌に魅入られる。

天に近きレストランなればぽきぽきとわが折りて食べるは雁の足ならめ

    葛原妙子

 

白きうさぎ雪の山より出でて来て殺されたれば目を開き居(お)り

    斎藤史

 

牛飼(うしかい)が歌詠む時に世のなかの新しき歌大(おお)いにおこる

    伊藤左千夫

 

 

河童忌の庭石暗き雨夜かな

    内田百閒

山鳩(やまばと)よみればまはりに雪がふる

    高屋窓秋

 

 

しづけさにねむりもやらぬ雪の夜をもの思はする片吟のこゑ

    多田惠一

 

 

黄海もわたりゆきたるおびただしき陣亡(じんぼう)の馬をおもふことあり

    斎藤茂吉 

『あんのリリック』後編

『あんのリリック 桜木杏、俳句はじめてみました』後編。

夏川結衣演じるクリエイティブディレクター・塔矢ローズゆりのもつ温情と残酷さがいいかんじ。翻弄される昴と杏。

昴は、先輩の神谷(毎熊克哉)から「そもそもおまえは、あの子を連れ回して、どう仕事につなげようとしてたわけ?」と聞かれる。「それは……」言葉に詰まる昴。恋じゃん。しかしそれはまだ明瞭でない。

後編はハゲボウズと桜木杏の和解から。「句友」で「クルー」で「狂う」だった。

ハゲボウズ持ちの高級寿司店。寮母によれば「ギロッポンのシースーはお詫びの最高峰」でもある。大トロばかり頼む杏。

 

本宮鮎彦(田辺誠一)主宰のいるか句会、恋愛フラグがどんどん立つなか、鈴木鵙仁(吉田ウーロン太)が非モテの色を濃くしていく。川本すみれ(安藤ニコ)は昴と杏の関係にかるいジェラシー。

 

核心へ触れぬままなり冷奴

 

鶏卵を丸めてごらん夏のれん

 

アオノリュウゼツランのまえに立ち「俳句で、花を咲かせたいなあ」と呟く鵙仁と梅天(桂雀々)の掛け合いが可笑しい。「でも、咲くとしぬで。咲くとしにますて書いてあるがな」「しにましょうか」「なんで? いやや」

 

前編を回収していくかたちの後編。休憩ありの観劇のような心地よいゆとりが生まれた。

劇中登場した句からいくつか。

夏めきて天に決意を告ぐるべし

南風に口笛持ってゆかれけり

共学に憧れし日やメロン熟る

明易や胸の奥へと詩を追うて

こもれびに龍のまなざし秋澄めり

手を振って電車が行って虫の声

熱帯夜途中で帰る君の髪

海映ゆる君の眸の涼しさよ