大漁、異漁。耀

タイトルは タトゥーのようなもの

丸岡「ホンマにいい機会すね、マジ。このォ、挑戦はホンマに成長につながるなあってマジ思いました」

『エンターティーチャー 限界弟子入り中』漫才の回。フースーヤの教えを受ける伊藤篤志と丸岡晃聖。コンビ名は「あつまる」。

180cm の伊藤篤志と166cm 丸岡晃聖の身長差が好い。

伊藤篤志は漫才するのが嫌いだと言う。恥ずかしがりというのもあったろうが、山小屋に籠もって「とにかく考える」(田中ショータイム)、そしてしっかり完成させたものを披露して拍手をもらえば苦手意識はなくなっている。

伊藤にとっては「漫才」がある種の罰ゲームだったのかもしれない。けれど時間をかけて手応えあるものをこの番組で作ることができた。

田中ショータイムの漫才の定義も良かった。

「漫才というのは、人間と人間がしゃべって、その二人が織り成す、ま、会話劇。為人(ひととなり)。どんな人なのかなっていう」

漫才師もアイドルも人柄で魅せる部分が大きい。

 

 

まずは1分。山小屋を経て3分の尺にする。それを商店街のあちこちで披露する。お客さんたちからかなり厳しいダメ出しをもらう。

「大爆笑するところがあんまりなかった。普通の話の流れ過ぎて。笑う要素があまりなかった」

人柄だから、そのまんま日常でいいというものでもないわけで、ネタを練り直し、虚構性を高めていく。

伊藤の転回も凄かったけれども、虚心で前のめりな丸岡を観ているのが楽しかった。

切り詰められた曼荼羅の絢爛

大駱駝艦 壺中天 舞踏公演『死者の書』に行く。80分。

扱われているのは折口信夫の小説で、振鋳・演出・美術の鉾久奈緒美がリーフレットにこう記す。

奈良の地には、千三百年の時を超えた祈りのかたちが今も息づいています。

その祈りを強く実感したのは、當麻寺に伝わる練供養、春の夕日、西方極楽浄土から来迎する菩薩の姿を目の当たりにしたときでした。

本作は、奈良に生まれ育った私自身の記憶と身体を通して、折口信夫『死者の書』と向き合う試みです。

中将姫が捧げていたのは、死者への恋慕であり、救済への希求であり、時を超えてなお連綿と受け継がれてきた「願い」そのものでした。

鉾久の演出する舞踏は辺りをすっかり呑んで壮大だ。まえに観た『阿修羅』同様、驚きに満ちている。どこからか滴る水を受ける盆。盤石なはずの装置が辷るように動いたり、巨きな機構と人が一体になったりする。現し身の転生を演出してみせる力は尋常でない。

今作『死者の書』の場面表題は「彼の人の骸」「九つの杖びと」「宿執」「南家の郎女の神隠し」「なも あみだほとり」「ひねもす よもすがら」「光の曼陀羅」「こぐらかつた夢」。

 

 

姫は寝ることを忘れたように、坐って居た。

折口信夫『死者の書』に書かれたとおり、中将姫を演じる鉾久奈緒美は凝っとしていた。その一途な物狂しさ。衝動が抑えこまれている。『サロメ』や『ロミオとジュリエット』を連想させる烈しい潔癖さから、姫は出家する。瞬く間に。

最後の場面はまさしく當麻寺の練供養であり、それは儀式なのか、まことの菩薩たちなのか。事実と真実の混交した幻想性に感覚を灼かれる。鉾久奈緒美はセーラー服である。鉾久が少女の頃に見た練供養を追体験する。鉾久の多感を譲り受ける。

「東京を代表する人気落語家 柳家喬太郎」

『らくごのお時間』「噺家八景 2026 SP」で柳家喬太郎「おせつ徳三郎」。

身分違いの恋。二人は心中するがミラクルな理由で助かって(「鰍沢」に近い)ハッピーエンドになるのが一般的なのだけれども、柳家喬太郎は心中で噺を終える。

終演後のインタビューで「たぶんこの噺は上方でおやりなっている方いらっしゃらないと思うので、ええ、で、まあ、季節的にも丁度いいのかな、尺としても丁度いいのかな」と話しはじめる。

「まあちょっと私、若い頃に『この二人、死なしてやったほうがいいのかな』ていう気がしたんですよね。それはでもきっと青臭いロマンチシズムだったりするので、六十過ぎてそれやってるのもどうかと思うんですけど、うーん、僕は逆に、最後あの二人で心中するパターンはほかにやってらっしゃる方いないと思うので、逆にそういう意味では、あの、お客様がね、いろんな『おせつ徳三郎』を聴くなかで「あ、こいつはこういう工夫、こういう風にやってんのか」変わったバージョン演る人、という意味で、いいのかなと思ってやってますけどね」

「作り事の世界」と謙遜するが喬太郎の魅力は劇画性、ロマンチシズムだったなと改めて気づきもした。

ここだった。

関西ジュニアがこれまで知らなかったパフォーマンスを各界の先達から伝授される『エンターティーチャー 限界弟子入り中!』が始まったので観る。わちゃわちゃしているだけでは学べないこと。コンサートとはちがう試練。失意に呑まれず自信を得て、外の世界へ向かっていくのがジュニアだとおもう。

 

 

TKCAチアホリックスの小島智子からチアダンスを学ぶのは元重瑛翔、岡野すこやか、藤本有惺、谷口尊星、橋本誠吾、西野湊人、今江翔、川上楓愛、中須賀湊登、山庄司蒼偉。

小島智子は十人が等しく力を発揮することを求める。

「チアダンス、一つの演技を十人で作るので、『ぼくたち新人です』『ぼくたち四年目です』というのはお客さんに関係ない。なのでこれからどれだけみんなで一つになれるかだし、心一つに固まっていかなきゃいけないと思うんで、しっかりチームを作っていきましょう」と。

脱いだ靴を見ると先輩だけでまとまっている。新人たちは離れたところに脱いでいる。

「個性というよりも十人で一つの団体美を見せなきゃいけないので靴から綺麗に揃えてください」

十人で一つの団体美を成すのは難しいから興味深い。美しさを欠いた群舞は多い。合わせることばかりかんがえて演者の魂が抜け落ちていたりする。

予告に泣きじゃくる新人がいたが、どう決着するのだろうか。

 

 

LEDダンスには池川侑希弥、中川惺太、北野快浬、井上蒼生。

リング操作に選抜されず、ソロでレーザーダンスを受け持つことになった中川惺太。マイペースだし等身大だし色気あるよなとこれまで観てきたけれど心の底にはやはり悔しさがあったのだ。

「正直、うん、泣きそうなぐらい悔しいけど、いやなんか、うーん……、そうですねなんか、いやまあこれが、そのう、プロの世界というか……。そうですね、これが……、甘えた環境におったな、とは思いました。はい」

悔しさを語りはじめると、しっかり刈りこまれて整理されている。自らにずっと問うてはいたのだろう。ただ、挽回するきっかけがなかった。

「5年前に、グループできて。同期半分ぐらいグループ入って、選ばれへんくて、みたいのあって。そっから逆に、悔しい思いしたことなかったから。いやしたことないって言ったら嘘になるんですけど、逃げてきたから。」

雑誌の季節と現実が並んでしまう初夏の熱

FINEBOYS 2026年6月号 (2026-05-09) [雑誌]

『ファインボーイズ』2026.6 。「今日より、明日はもっとおしゃれ。」はテーマ「東京を走る電車」でモデルは作間龍斗。東京メトロの色に準じた紫(半蔵門線)、緑(千代田線)を着こなす作間もスタイリング(小島竜太)もヘア&メイク(大島智恵美)もすごい。撮影は榎本洋輔。丸ノ内線の赤はモデルなし、服を並べるのみなれど〈アメカジTシャツに、ド派手な迷彩パンツ〉、〈腰に巻いた同系色のシャツ〉と〈足元はかっちりしたブラウンのサイドゴアブーツ〉にかなりやんちゃな色気がある。

「Tシャツを着る2人のR」は作間龍斗と佐藤龍我。佐藤龍我のボリュームあるウェーブのかかった黒髪は良い。オーバーオールをワンショルダーに着崩してTシャツにネクタイといった非日常のスタイリングをやり切れる佐藤龍我の強さなど。

 

佐藤龍我だと「迷子になってもおしゃれならすぐ探してもらえるね 世田谷区からお越しの、イケてるシャツコーデの彼。」も好企画。撮影・榎本洋輔、スタイリング・深澤勇太、ヘア&メイク・長坂賢。ピックアップされるのは下北沢、三軒茶屋、成城学園前、明大前、池尻大橋、豪徳寺。迷子センターに呼び出される設定がおもしろい(文は山下皓平)。

たとえば池尻大橋は〈無駄を削いだシルエットの中に機能的なアイテムを取り入れた、まさにこれが令和のデキる男といった佇まいで、どこか余裕すら感じさせておられます。ミニマルながらもクリエイティブな空気感が漂っており、もしかすると何かを生み出している途中かもしれない龍我くんを、お連れ様がお待ちです〉。虚構性は濃くてどれも綺麗過ぎるのにきちんと集合知でもあった。

 

「今月の観たい映画」は『山口くんはワルくない』から岩瀬洋志。自身が演じる岩崎について「彼はツンデレなんですよね。僕は好き嫌いをはっきり表現するタイプなので、ちょっと彼の性格とは異なりますが、高校生のころって素直に気持ちを伝えるのが恥ずかしい年頃じゃないですか。その未熟さがキャラクターに愛嬌をあたえているのかなって」

「観客が映画を観ながらキュンキュンしてもらえるものを表現したかったし、岩瀬洋志らしさも入れたかった」

(空想の本に飛びこんだような)凶々しくも甘美な夢

『恐竜ライブ ディノサファリ 2026』、2回観覧。

着ぐるみショーとして観ても恐竜たちはとてもおおきく、大胆に動くので驚嘆する。そこにヒーローやヴィランを見いだせば昂奮は増幅する。「これはにせものだけどほんとうのこと」という幼時にかんじる真実に加えて、ヒーローやヴィランを成り立たせる作意のおもしろさがある。音響、照明などの演出部分だ。

会場によって名称やパフォーマンスが変わるDINO-A-LIVE。「恐竜ラボ!」「恐竜大夜行」「ダイナソーランウェイ」ほかさまざま。中でこの「ディノサファリ」は広いホールの三方に桟敷席と椅子席を配し、中央が舞台となる。能やプロレスをおもわせる夢幻に通ずる祝祭性。家族連れが多く、はじまるまえからざわついている。

2頭のユタラプトルが登場する。場内を暴れ回って恐竜の空気をつくる。舞台中央にいるときは音響による咆哮と足音があるけれど、そこから外れて背後を隠密されるとほんとうに怖い。序盤は代わりばんこに恐竜が出る。完全暗転が明けるたび舞台には新たな恐竜。ピンスポットをしっかり受けて、堂々として美しい。圧があったり、可愛かったり、たまのアクシデントも一興で自然と推しをみつけられる。

初登場の恐竜にパラサウロロフス(かなりおおきいが、子ども)。ディノサファリではフクイサウルスも初お目見らしい。ほかにステゴサウルス、アンキロサウルス、アロサウルス、ティラノサウルス。観客を恐竜から守るレンジャーにも巧拙があって興味深い。

恐竜の解説、進行はダブルキャストでどちらも観ることができた。アイドルの愛嬌があるどこかふわっとした柏木佑介と、シリアスで一寸毒のある山本匠馬。柏木佑介は子ども目線で山本匠馬は親に寄り添う。そんな解釈もできそうだ。

少女漫画にならんとす

FINEBOYS 2026年5月号 (2026-04-09) [雑誌]

『ファインボーイズ』2026.5 。

「今日より、明日はもっとおしゃれ。」は「40年後の服」。スポーティー且つロック(ん? テクノ?)というかんじだけれどもここで表情を抜いてくる佐藤龍我の的確さ(撮影は神戸健太郎)。

「どんな日も、色が僕を味方する 窓際のアイスブルー」も神戸健太郎と佐藤龍我(スタイリング小島竜太、ヘア&メイクはmeg. 。この二人も「40年後の服」と同じ)。こちらは静謐。

 

「一緒に観ない? 夜更かし映画」では黒川想矢がMr.ビーンを推している。映画版を幼稚園の頃に観たとか。

運がいいのか悪いのかわからないところや、ミスター・ビーンの独特な“間”がすごくおもしろくて好きです。普通に生活していても、必ず何か事件が起きますし(笑)。あと、髭を剃るとき、毎回最後は舌にシェイバーをあてるのがルーティンで、そのシーンがすごくお気に入りです。人に対して優しいところも魅力的です。

黒川想矢吹き替えの『ARCO』の魅力については「観る人それぞれが感じ取れる“余白”があるところ」と。