大漁、異漁。耀

タイトルは タトゥーのようなもの

2017-05-03から1日間の記事一覧

〈自分の暮らしのなかで、子どもの存在がどんどんでかくなっていって、「いざというときに自分の子を助けられるだけの体力をもたねば」と真剣に思い、再び自転車に乗り始めたのだ。(……)いつしか自転車は、単なる遊び道具ではなく、暮らしのなかに欠かせない、家族のような存在になっていた〉

あるひとの死がじわじわとおおきくなる。ひびいてくる。そういうときは、時間軸から解かれているのだ。そのひとも、じぶんも。 忌野清志郎『サイクリング・ブルース』(『旅する清志郎。』の内容もよく似ているとか)。 いくら頑張っても、世間の評価とかは…