あるひとの死がじわじわとおおきくなる。ひびいてくる。そういうときは、時間軸から解かれているのだ。そのひとも、じぶんも。
忌野清志郎『サイクリング・ブルース』(『旅する清志郎。』の内容もよく似ているとか)。
いくら頑張っても、世間の評価とかはそう簡単にはついてこない。
そんな経験を僕なんかずっとしてきたから、そういう価値観にしばられたくない。
なによりも大事なことは、自己満足。
自分の走りに納得できれば、それでいい。
ロードバイクは、余暇とカネのあるオッサンの趣味であるという部分。そうしたオッサンの甘ったれたところにカウンターとしておとずれる、都市や自然とどこまでも接する路上性。この両つをきっちりおさえている清志郎の美しさ。
清志郎のバイクには初代ケルビム、二代目TREK、三代目の完全オーダーハンドメイド。どれもカネがかかっている。それでホントにどんな日でもどこまでも走るのだから卍。旅の途中で「コインランドリーに洗濯をしに行く」。ビニール傘で。成功した50過ぎのオッサンが。
〈つねに心がけていることは、なにごとにも余力を残すこと。仕事でも遊びでも、出かける2時間前には起床し、ゆっくり朝風呂に浸る。風呂から出ると納豆と味噌汁という典型的な日本の朝食を食べ、忙しくても自転車に乗って仕事場に出かける。焦らず急がない、ゆるい暮らし…それを支えているのが“自転車”である〉
娘はつい最近まで、自転車で録音スタジオに出勤する父親のことを、「自転車に乗って音楽やって遊んでる」と思ってたらしい。ショックだった。