大漁、異漁。耀

タイトルは タトゥーのようなもの

〈マニュアル化された登山に物語など存在しないのだから〉

探検家の日々本本
探検家・角幡唯介による読書日記、書評集『探検家の日々本本』。〈読書は読み手に取り返しのつかない衝撃を与えることがあり、その衝撃が生き方という船の舳先をわずかにずらし、人生に想定もしていなかった新しい展開と方向性をもたらす〉──。
マラリアに感染していない人生より、マラリアに感染している人生のほうが面白いに決まっているだろう〉


読んだ本の要約や批評ではない。角幡唯介が読みながらかんじたこと。書き手ではなく読み手に引きよせてさまざま語る。
また読むシチュエーションも探検中のテントや焚火のそばなど特殊。
読書の記憶は周囲や時期と絡みあってもいるだろう。角幡唯介には角幡唯介にしか書けない五感がある。

寒波が入り込んできているらしく、雨はそのうちミゾレのような氷雨に変わり、使い古したゴアテックスの雨具ごしにジットリと浸みこんできた。氷雨は振りやまず、私の身体は芯まで冷え切り、足の感覚は完璧に失われ、少し立ち止まっただけでガタガタと震えが止まらなかった。

モームの『月と6ペンス』を読んで角幡唯介、〈表現することにはどうしても他者と相いれない部分が出てくる。作品を作ることの本質は他者と何かを共有することではなく、むしろ自己と他者を区別し、独自の世界を構築することにある〉。
探検家や冒険家にもそういう個性の要請はきっとあり、だからいろんなひとがいる。