書肆侃侃房『KanKanPress ほんのひとさじ vol.1』。特集「旅じたく」。
いまいるばしょがいやで家出のような旅にでる。旅立つまえの怕い支度。もてるものぜんぶのような、ごくわずかな荷物のような。
漂泊がはじまればユーモアも生まれるかもしれない。けれど出発のこころは大真面目だ。
ふたりして印をつけた時刻表ただそれだけの逃避行の夜
鈴木美紀子
持ち物のすべてに名前を(春ですね)ひとつひとつに息ふきかけて
蒼井杏
海に行くつもりで買ったワンピースからもう波の音が聞こえる
嶋田さくらこ
開業したばかりの駅へ 軍服の鷗外が向かつた頃だ あけぼの
旅立ちの朝に慌てて家を出る洗濯槽にシャツ残されて
竹内亮
ぎんいろのシンクに卵割り終えてやけにあかるい旅の前夜は
牛乳を飲みきって豆腐食べきって明日この部屋にわたしはいない
駒田晶子
〈いまでも旅に出ると、まずは花を買う。それは当時、仮住まいをなんとか自分の部屋に見立てようとしたことから生まれた、やや切ない習慣なのである。最後にたどり着いたのは、南ポルトガルの小さな漁師町で、思いがけず20年も過ごすことになった。ここに落ち着いて初めて旅を楽しめるようになった気がする。ありがたいことに旅支度で悩んだことはない。旅先に住む人がいる限り、必要なものは全て行く先々にあるものだ……ということは、長い旅暮らしの中で学んだことである。したがって、二、三日の旅でも一週間でも、あるいはひと月でもふた月でも、荷物の量は同じで、機内持ち込みのバックひとつで用が足りる〉
青目海「旅暮らしで学んだ、旅じたくなしの旅」
〈広げたスーツケースが、筏に見える〉
川野里子「パッキングサバイバル」