大漁、異漁。耀

タイトルは タトゥーのようなもの

種田山頭火賞受賞のハナシやそこから生まれる『のたれ○』のことなど

『舞踏の生まれるところ  麿赤兒大駱駝艦 武蔵野文化』に行く。インタビュアー鈴木理映子。成蹊学園本館大講堂。

成蹊大学に新設される芸術文化行政コースのPRの一環として、吉祥寺にスタジオをかまえる麿赤兒にも話が回ってきた。

「白塗りで自転車に乗って、銭湯に行ったりしましてね。ときにヒロイックな気持ちになったり、『何やってんだ俺は』と情けないような思いをしたりね」

 

麿赤兒の登壇前、客席にしきりと野次を飛ばす老人がいて、観覧者とも口論になった。サングラスに、白髪のかつら。退場させられる。

二十世紀的なハプニングではある。私怨を伴う攻撃は青年的で、老人の心は若いのだろうとおもったけど、麿赤兒は年をかさねた。艦員にものを教えるときも理論的な部分(白塗りの意味など)は省くようになったそうだし、時間がなくなるにつれ大づかみに本質、本質、本質を伝えていくこととなり、喜怒哀楽に振り回されてはいられない。激越なものは置きざりだ。

「じっとしていることのテンション」や「身体の変な可能性」と麿は言い、《異化》《ケレン》といった理解しやすい用語も口にした。難解でないし、冷静である。

 

台風で延期になったが山中湖 文学の森「三島由紀夫文学館 開館20周年記念フォーラム」で上演するはずだった『ハグクミ申ス者─三島由紀夫に捧ぐ─』の振付・演出は大駱駝艦の田村一行。この成蹊大学で初披露となった。麿も初見。いろいろ言おうとしてグッと呑んだ麿赤兒が可笑しかった。