唐組・第71回公演『透明人間』。紅テント、靴を脱いでの桟敷席。観客ぎっしり。
テント芝居はプロレス観戦に似て、舞台に上がる人物たちに先ず感動する。『透明人間』の初演は1990年だから、しょうゆ顔ソース顔なんて言葉もでてくる。
岸田國士戯曲賞を『少女仮面』で受賞するのが1970年、芥川賞を受賞する小説『佐川君からの手紙』が1983年、鶴屋南北戯曲賞・紀伊國屋演劇賞・読売文学賞を獲ることになる『泥人魚』の発表が2003年であり、劇作の息はおそろしく長い。その都度、時代を反映している。
『透明人間』の登場人物。
田口…夏の保健所員
上田…田口と賭けをした女コロガシ
課長…狂った犬を探している小役人
合田…焼きとり屋の押し入れに住む犬との同居人
辻…時を駈ける調教師
モモ…焼きとり屋の煙に包まれたベロニカ
母親…マサヤを咬んだ男を追っている
床屋…保健所のタイコもち
出前…タヌキの出前先がわからない
歯医者…出張してしまった
白川…愛と孤独の女教師
モモに似た女…モモの人生に潜り込む
四人の客…飲んでいる時と飲んでいない時が分からない常連
マサヤ…女教師白川を支える巷の哲人
唐十郎より下の世代の小劇場ブームのノリとも通ずる悪童の軽快さがあった。マサヤ少年(升田愛)とノイローゼ気味の教師・白川の交歓は、かれらが桜を話題にしたからだろうか、広々として明るくてここがどこかを忘れてしまう。ほかの登場人物たちのようには宿命的でないぶん自由で、喜劇なのだった。
辻を演じた稲荷卓央もコミカルな登場だった。そしてじわじわと叙情と宿業を背負いはじめる。
「親の因果が子に報い」、だ。焼きとり屋のモモ(大鶴美仁音)と絡む現在の辻は亡父とおなじものを視はじめる。軍用犬の時次郎とモモ。モモが狂犬病でない証として、重りをつけたダリアを沼底まで取らせに行かねばならなかったこと。虐げられた全ての犬たち、また女たちはモモなのだ。けれどモモへの情熱は、時空を超えたものでもあるので「モモ」と「モモに似た女」も辻のまえではたやすく入れ替わる。
「透明人間」というのは社会からの「蒸発」であり、ソトから見れば「交換可能」な酷薄のあらわれでもある。若き保健所員・田口(岡田優)はそういう移行に抵抗する。
もともとは上田(全原徳和)の企みで出逢ったモモではあったけれど、辻の幻視に呑まれれば円環から抜けだせぬ。モモにも辻にも田口が必要だった。よじれていない。真っ直ぐである。
合田、久保井研。モモに似た女、藤井由紀。課長、友寄有司。マサヤの母、加藤野奈。ほかに重村大介、春田玲緒ら。