大漁、異漁。耀

タイトルは タトゥーのようなもの

「情熱をうしなったというよりは、情熱を理想化して、凍りつかせてしまったと言ったほうがいいのかもしれない」

ケムリ研究室no.2 『砂の女』(シアタートラム)。主演は緒川たまき仲村トオル。ほかにオクイシュージ、武谷公雄、吉増裕士、廣川三憲。声(とシルエット)、町田マリー。音楽・演奏、上野洋子

原作は安部公房の小説。濃密かつ映像的な世界がみごと演劇に移された。上演台本、演出はケラリーノ・サンドロヴィッチ

 

砂丘に一軒一軒が埋もれたような村落に迷いこんだ男。移動手段を失くし、ほんの一泊のつもりが終わりのない砂掻きに従事せざるを得なくなる。昆虫採集という男の趣味や芸術的な感覚が、ひととの暮らし、生活に呑まれていく物語。

男には妻がいた。かるい冗談のつもりで失踪の書き置きをのこし家をでた。だからどこかに蒸発の欲望はあったし、他人との暮らしなんかまっぴらだと厭世の気持ちもあったはず。ところが別の女とならば、あつめた蝶を焼き捨てて、生活できてしまう。

結末がただの絶望でないことは確かだけれど、男が、砂の女との暮らしをえらんだのはたまたまだったかもしれない。人生は一度きりだから。不器用な行為、誤った選択をしたりもする。それを悔いてどこかで修正しようとねがう。これまでの暮らしにまちがったところがあった。あいてと共に心身を巻き戻していくのはむずかしい。そんな折に砂丘の村落に着き、砂の女と出遭った。

派手な、魔性の女というわけではない。華でなく、純粋に女が匂う。無防備なようで、男の探すハンミョウの狡猾さをかんじさせもするが、欲はすくない。男は蝶を捨てたのだから、女に虫をかさねるべきではないだろう。砂とかさねるのも安易だ。

生活に紛れて年齢不詳の女が魅力的だった。ケラリーノ・サンドロヴィッチの演出と、緒川たまきの演技。泣き笑いの表情。

男が言う「猿みたいな暮らし」。そんな男は妻から「精神の性病患者」と批難されていた。仲村トオル演じる男は粗暴なようでもあるが、それゆえに物語は展開する。