白露に薄薔薇色(うすばらいろ)の土龍(もぐら)の掌(て)
川端茅舎
蟻と蟻うなづきあひて何か事ありげに奔(はし)る西へ東へ
橘曙覧
〈『うたの動物記』は二〇〇八年十月から、二〇一〇年十月まで、日本経済新聞の毎日曜の文化欄に連載されたエッセイである〉
小池光による短歌、俳句、詩の横断。動物のでてくる詩歌の紹介で、やっぱり斎藤茂吉が凄い。
小さき鯉煮てくひしかば一時ののちには眼(まなこ)かがやくものを
「大口の真神」といへる率直を遠き古代の人が言ひつる
石亀(いしがめ)の生める卵をくちなはが待ちわびながら呑むとこそ聞け
生命力を謳って憚るところがない。
動物ごとに項を立ててあるのだけれど、緊密なところがいくつもある。
〈鷗外の無駄のないきびきびした文章はどちらかといえば俳句に通ずるかのように思え、また漱石の深遠多彩な語りの妙味からは短歌への距離が近いように思えるが、実際の趣味は全く逆になっているところが味わい深く、おもしろい〉
厠(かわや)より鹿と覚(おぼ)しや鼻の息 漱石
酔ひしれて羽織かづきて匍(は)ひよりて鹿に衝(つ)かれて果てにけるはや
各項の薀蓄も佳い。〈ラクダなどは推古時代に来ている。きっと聖徳太子も見ただろう。
キリンは遅い。明治四十年(一九〇七)の初来日。ということは樋口一葉や正岡子規はキリンを見たことがなかった〉
秋風(しゅうふう)に思ひ屈することあれど天(あめ)なるや若き麒麟の面(つら)
群がれる人頭の彼方見やりつつキリンはしづかにやせて佇ちゐし
山椒魚。
あっけなく扶養家族をはずれゆきし昼ねむる息子(こ)の眠り山椒魚
はんざきの傷くれなゐにひらく夜
飯島晴子
凄み、膂力のある詩歌に魅入られる。
天に近きレストランなればぽきぽきとわが折りて食べるは雁の足ならめ
葛原妙子
白きうさぎ雪の山より出でて来て殺されたれば目を開き居(お)り
牛飼(うしかい)が歌詠む時に世のなかの新しき歌大(おお)いにおこる
河童忌の庭石暗き雨夜かな
内田百閒
山鳩(やまばと)よみればまはりに雪がふる
高屋窓秋
しづけさにねむりもやらぬ雪の夜をもの思はする片吟のこゑ
多田惠一
黄海もわたりゆきたるおびただしき陣亡(じんぼう)の馬をおもふことあり